007ブログの最近のブログ記事

今年、勤務先の文芸学科公式サイトのサーバーを移転して以降、僕が中心になってサイト運営をしている。学科公式サイトといっても以前はほとんど更新がなく、アクセスもほとんどなかった。 

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 WEBサイトとしては、ある程度アクセスを集めないとメディアとしての力を発揮できにくい。そこで、新体制になってからは些末なニュースや告知内容でも可能な限り記事にして更新するようにした。その甲斐あって、アクセス数は一日平均300アクセス、多い日には500以上のアクセスを記録するようになった。僕自身だけでなく他の学科スタッフも、学科関連のニュースとなりそうな出来事を日常的に探すような意識が育ってきていると思う。

 パスワード認証を使ってログインする形の在学生向けサイトも用意した。一部の学生から要望があった休講・補講情報などの一部や、公式サイトに掲載が馴染まない種類の学科からの告知や情報はこちらに掲載している。

 今考えているのは、想定ターゲット別のコンテンツを充実させていくこと。入学希望者向けに詳しい学科情報や、在学生向けの読み物系記事(学生・教員・スタッフによる推薦本ランキングなど)や授業紹介、在学生参加型のコンテンツなど。それぞれ別のサイトとして、立ち上げてそれをメインの公式サイトに組み込み、情報の充実と重層化を図ろうというのが現時点での僕のアイデア。

ランダムに選択したエントリーを表示するプラグイン(Movable Type(MT)の無料テンプレート)


過去の記憶を読み返し、時々修正を加える習慣を促したりするのにいいアイデアだと思う。

それとは別にカスタマイズ時にお世話になっているページを以下にまとめます。

また、デザイン的な側面に関しては後で考える予定でいます。


スタイルシートガイド(TRIGGERS - blognews)


Archivesのエントリー数表示(BLOG質問箱)


追記部分とコメントTIPS(G O I N G M A M E W A Y) 


[Movable Typeカスタマイズ] ジャンルの過去記事 ( ブロッグ崩し )


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吉田 純(『インターネット空間の社会学』を読んでいると以下のような件(くだり)があった。 

 

インターネット空間の社会学―情報ネットワーク社会と公共圏表現の自由とネットワーク管理の矛盾という問題も、やはりミクロからマクロへと電子民主主義が実践される空間が拡大することによって顕在化したと考えられる。ミクロな仮想空間では比較的成員が限定され、また自律的な規範形成がおこなわれやすいため、ネットワークの乱用という問題は生じにくかった。しかし空間の規模が拡大すれば匿名的参加者とともに逸脱行動が増加し、自律的規範形成は行われにくくなり……pp137-138
このような現象的な流れは、僕の場合、ブログを通して経験的に理解していると言っていい。

書き出したエントリーを新しい環境にインポートした際、文字化けが起こることがある。この原因は、移行元と移行先の文字コードの違いから起こる。

参考URL:

Movable Typeエクスポートとインポート [Tritsch-Tratsch ~番外編~]

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ブログ検索はやはりテクノラティジャパン

などと言いつつも、本当はほとんど使ってこなかった。

しかしながら開設ブログも日本で500万に達し(アクティブなブログは200万ほど?)情報の多様性も出てきたので、そろそろ本格的に使ってみようと思っているところ。

ブログ 世界を変える個人メディア 主にジャーナリストとしての立場からブログのインパクトを語った内容だ。

既存のジャーナリズムと新しいテクノロジーとしてのブログがある意味では摩擦や衝突を起こしているさま、逆にジャーナリズムの新しいツールとしてブログのようなテクノロジー、新しいアーキテクチャーを積極的に取り組んでいく二つ動きを広い視点から描き出している。

巨大メディアによるトップダウン型の情報の一方的な情報の流れがブログによって草の根からのボトムアップ型の情報の流れが生み出された。

テレビや新聞などの既存メディアは講演型のメディアであり、ブログは会話もしくは対話型のメディアである。特にブログは不特定多数の人間からのリアルタイムなフィードバックを受け取ることを最も特徴的なアーキテクチャーとしている。コメントやトラックバックがそれで、コンテンツが他者を含めた議論にオープンになっている分、情報交換や意見交換に適したメディアだといえるが、いわゆる荒らしやコメント・スパムやトラックバック・スパムなどの問題も同時に抱えている。

ビジネスブログのつくりかた ビジネスでブログを利用する上での具体的な利用法、そして顧客がほしい、読みたいというコンテンツをどのよぅに提供するかという例が具体的に示されていて、ビジネスブログを実践したい人にとっては大いに役立つ内容になっていると思う。


紹介されていた具体例の一部: 商品知識、開発ストーリー、用語集、お客様からの声、裏話、特定商品のスペシャル・サイト

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自分のブログにパスワード認証をかけて他人に非公開設定するための方法をつい最近まで探していた。

人に公開するまでもない個人的なメモ書きや情報、不特定多数の人に閲覧される可能性があると思うと、素直に文章にできない、というような内容を記録しておきたい場合、自分のブログを非公開設定にできれば便利だと考えたからだ。

現時点ではFC2ブログなどの非公開設定やはてなのプライベートモードを利用するのが一番手軽で手っ取り早い方法だ。

ただ、どうしても自分のドメインやレンタル・サーバーのブログなどでパスワード認証をかけて非公開設定を実現したいという場合もある。方法としてはブログの公開ディレクトリごと一括でパスワード認証をかけられれば一番簡単だ。

以下のサイトはhtaccessを使った比較的シンプルな方法を公開、説明してくれている。僕も自分のブログの一つを同じ方法で非公開設定にして運用している。興味のある方は参考にしてみてはいかがでしょうか。

.htaccessによるパスワード認証1から始めるWEB作製講座

movable typeのヴァージョンを3.2にアップグレードして以来サイトのリビルド時に頻繁にエラーが出るようになった。

これは「MT3.2Berkeley DBを使用している場合の再構築エラー」という最新バージョン特有の不安定さの問題と言うことらしい。

対策を調べてみると

1.1回の再構築するページ数を少なくする方法

2. 「rebuild支援ツール」を利用する方法があった。

今回は1を採用してみた。再構築のスピードは遅いが、改善は見られるようだ。
次回アップグレードなさいはこういうバグのようなものが消えていることを願う。

文化社会学 or 文化政治学

 こういった形で社会的な事象を広く扱うので、カルチュラル・スタディーズを文化社会学というように表現する人たちもいます。そういった表現もあながち間違いではありません。しかしながらより正しく言うならば、「文化政治学」だというべきでしょう。なぜなら、カルチュラル・スタディーズは広い意味での文化や社会を読み解くさいに、どのような政治性、権力関係がその中に潜んでいるのかということを常に問題意識として持っているからです。

パーソナル・イズ・ポリティカル

 皆さんの多くが政治という言葉からは、首脳会談や国家間の軋轢や摩擦に代表される国際関係であるだとか、国会で繰り広げられる与党と野党の攻防戦などが繰り広げられる舞台のようなものを連想されると思います。そういう風に考えると、政治なんて自分とは関係のない世界のことだ、と短絡的に考えがちです。
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 しかしながら、「パーソナル・イズ・ポリティカル(Personal is political.)」、個人的なことは政治的である、という表現があります。つまり、社会や集団の中で生活している以上、私たち個人はさまざま政治的な力関係から自由なことなどまずありえないのです。

 このような狭い教室においても、それは言うことができるはずです。このサークル、○○○○の長である、■■■君は、この集団の中で一定の権力を行使できる立場にあるでしょうし、その一方で、■■■君の抑圧に涙ながらに耐えているメンバーもいるかもしれません。醜いヒキガエルを腹いせに宅急便で彼の住所に送りつけてやろうか、などと悶々と考えている人さえいるかもしれません。

 ともかく、ここで話をしている僕も、みなさんの貴重な時間を奪いつつ話をしているという意味では、ある種の権力を使い、なんらかの力においてみなさんに聞くことを強制していると考えることももちろんできます。また、みなさんは部長の■■■君が僕にこうやって話しをすることを依頼した手前、とりあえずは聞く振りをしなければならないという無意識の抑圧を感じているかもしれません。大学というせまい空間においては、教師は教室においては生徒に対して権力を持ちうるでしょうし、みなさんが就職して会社などで働き始めた後、その組織や経営者にとってみなさんがマイナスのことを行えば、雇用主は権力を行使するでしょうし、あなたは抑圧を受け、場合によっては法的に排除されることさえありえます。

 そういった力関係や権力構造は、それぞれの社会的立場・年齢・経済的な貧富・ジェンダー(社会的な性差)・人種・宗教・民族などさまざまな材料によって規定されています。 そういった風に考えていくと、私たちが行うこと、語ること、すべてが、その時々の立場や権力関係からは自由になることなどほとんどあり得ないと言っていいはずです。つまり、「個人的なことは政治的」たりうるわけです。

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